リドー運河パート2

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冬の時期、オタワの中央を流れるリドー運河は世界で最も長いスケートリンクへと変わる [3]。2005年8月にはギネス世界記録に登録され、世界最長であることが公式に認められた。スケートリンクは7.8km(4.8mi)の長さがあり、カールトン大学にある閘門から国会議事堂とシャトーローリエの間にある閘門まで続く。これはオリンピック用ホッケーリンクの90個分に相当する。観光名所のひとつとなっており、毎年スケートをしに100万人以上の観光客が訪れ、地元住民は通勤用に利用している。そして冬の大きなイベント「ウィンタールード・フェスティバル」(雪祭り)の会場にもなる。ほか、ビーバーの尻尾の形に似た「ビーバー・テイル」と呼ばれる揚げパンがあり、このエリアでよく売られている。

リドー運河

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リドー運河(英語:Rideau Canal、仏語:Canal Rideau)は、リドー水路とも呼ばれ、カナダのオタワ川が流れるオタワ市とオンタリオ湖畔のキングストン市とを結ぶ運河である。開通175周年にあたる2007年の第31回世界遺産委員会でユネスコの世界遺産に登録されることが決まり、オンタリオ州内で最初の世界遺産となった[1][2]。

リドー運河は北アメリカで最も古くから使われている運河で、1832年に開通して以来、現在でも使われている。リドー川やカタラクイ川のほかいくつかの美しい湖を経由する。運河の運営・管理はパークス・カナダ(カナダ公園管理局)によって行われており、国定史跡に指定されているリドー運河は歴史と自然の保護区になっている。カヌーや沿道のサイクリングなどアクティビティも盛ん。

ルーネンバーグ

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ルーネンバーグ(英語:Lunenburg)は、カナダのノバスコシア州ルーネンバーグ郡にある港町。2006年の人口は2,317人。州の南海岸、マホン湾西側の半島に位置し、ハリファックスより南西100km前後にある。

ルーネンバーグは1753年に建てられた都市で、その名前はイギリス国王ジョージ2世にちなんでいる。彼はブランシュヴィック=リュネブルクの支配者でもあったからである。

ルーネンバーグに当初住んでいた人々は、その多くがラインラント出身のゲルマン系と、モンベリアール出身のフランス人プロテスタントたちだった。彼らは、ペンシルバニア・ダッチを生み出したのと同じ時期に移住してきた人々である。彼らはイギリスによってこの地に入植するよう後押しされた「外国人プロテスタント」であった。当時の家族とその末裔の多くはこの町にとどまりつづけたので、今日に至ってもなお、彼らはルーネンバーグの発展に影響を及ぼしている。

ケベック旧市街の歴史地区

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ケベック旧市街の歴史地区(英:Historic District of Old Québec、仏:Arrondissement historique du Vieux-Québec)は、カナダで9番目に登録された世界遺産である。ケベック州の州都ケベック・シティにある旧市街(Old Québec)のエリアで、北米唯一の城壁都市として知れられ、北米でも長い歴史を持つ。登録当初「ケベック歴史地区」(Historic District of Québec / Arrondissement historique de Québec)だったが、2006年に現在の名称に変更された。

城壁に囲まれた丘の上にあるアッパータウン(Upper Town)と丘と川岸に間にあるロウワータウン(Lower Town)とに分かれる。

ヘッド-スマッシュト-イン・バッファロー・ジャンプ

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ヘッド-スマッシュト-イン・バッファロー・ジャンプは、カルガリーの南約150km、アルバータ州のポーキュパイン・ヒルにある。実際には崖である。崖の幅は300mに渡り、高さは約18m。崖の下には、バッファローの骨が、多いところでは約11m以上も堆積している。

なぜバッファローの骨が崖下に堆積しているかといえば、この付近に住んでいた先住民であるブラック・フット族が、崖の上にバッファローを追い詰めて、崖から突き落としてバッファローを仕留める狩猟を行っていたからである。

崖の西側には、40km2にも及ぶ草原地帯がある。ここに生息していたバッファローを崖へと通じる道(ドライブ・レーン)へと追い込んだ。このドライブ・レーンには、石でできた道標が残っている。

この様なバッファローの狩は、他の北アメリカの地域でも行われていたと考えられている。このヘッド-スマッシュト-イン・バッファロー・ジャンプは、それらの中でも大規模で最も古く、紀元前3500年以上前から行われていたと考えられている。またこの猟は、ここで、19世紀まで続いていた。

この崖の周囲には、火を焚いた跡も多数発見されている。このことから、バッファローを追い込むときに火を使用していたと推測されている。

また、崖下からは大量のバッファローの骨の中から、矢尻や鍬などが発掘されている。また、ブラック・フット族はこの谷を、血に染まった深い淵と呼んでいたようだ。


おそろしや・・・おそろしや・・・